暴力団を社会から排除せよ――。疑問を差し挟む余地が全くない「正義」に見えるが、実はそこには多くの矛盾が潜んでいる。暴排条例や条項がヤクザや元ヤクザの生活権すら奪ってしまう実態。そして、この大きな潮流の先には「治安悪化」という暗い未来が待っていて……。
一瞬にして都市機能を壊滅させた北海道大地震。銀行のATMなどを使用できなくなって困っている人が続出している、との報道に触れた暴力団関係者は、こう吐露した。
「ワシらみたいなもんと被災者を比較するのは申し訳ないけど、ATMやクレジットカードが使えへん生活は、ワシらにとっては単なる日常なんですわ……」
『続・暴力団』(新潮新書)などの著書があるノンフィクション作家の溝口敦氏は、
「銀行口座、クレジットカード、携帯電話などを持てなければ、もはや社会的生活を送ることは出来ないですよ。これまでは、“ヤクザに人権はあるのか、ないのか”という議論が行われてきました。今は、ハッキリと“ヤクザに人権はない”と言える時代に突入してしまったのです」
そう語るが、9月4日の読売新聞朝刊に掲載された記事を見る限り、その流れはますます加速していると言わざるを得ない。
〈暴力団口座 59行が解約 1300件 排除条項遡り適用〉
〈暴力団資金 締め出し 銀行口座 合意なくても解約〉
そんな見出しを掲げた読売の記事が伝えているのは、多くの銀行が、暴力団関係者の新規口座の開設に応じないだけではなく、既存の口座の解約を進めている実態だ。その流れが加速した背景には、ある判決が確定したことが関係している。それは、指定暴力団道仁会の会長ら幹部2人が大手銀行に解約の無効確認を求めた裁判。昨年7月、暴力団排除条項に基づく口座解約を有効とした福岡高裁判決が最高裁で確定したことが追い風となり、解約が加速しているというのだ。
実際、先の暴力団関係者はこう明かす。
「最近、窓口などでヤクザだとバレると、新規口座が作れないだけではなく、既存の口座も解約させられるケースが相次いでいると聞きました。ある組長は、上納金の回収に銀行振り込みが使えないので、現金書留で送金させている、と嘆いていましたよ」
対象となるのはヤクザ本人の口座だけではなく、
「組員の妻や子供の口座まで解約される事態が増えています。銀行は、“夫(あるいは父)の暴力団としての活動に使われた形跡がある”という理由で解約しているのでしょう」
「数年前、山口組の資産管理会社の口座の解約を銀行の弁護士から申し入れられ、その弁護士とは知り合いだったので、穏便に解約しました。また、組員が逮捕された時、ガサ入れなどで銀行のカードを見つけた警察が銀行に連絡して解約させるというケースが数件あったと聞きました」
暴排条項によってヤクザは銀行口座を持てないだけではなく、不動産の賃貸契約や携帯電話の契約もNG。ホテルやゴルフ場も利用できないことが多く、
「関西の暴力団幹部は“上京しても泊まるホテルがないからラブホテルに泊まった”と言っていました。幹部まで上りつめたのにラブホテルというのは切ないでしょう」(先の溝口氏)
久留米大学非常勤講師で『ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。―極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記―』(新潮社刊)の著者でもある廣末登氏の話。
「私が以前取材した元ヤクザは、逮捕、服役を機に口座を解約されたそうです。出所して銀行で金を下ろそうとしたら“窓口にてお問い合わせ下さい”という表示が出て、別室で行員から札束を渡されて“ご預金はお返ししますので、今後、当行とのお取引はご遠慮下さい”と言われた。彼は拘置所にいる時にヤクザを辞めていましたが、まだ5年経っていなかったのです」
暴排条例のせいで、暴力団を辞めても5年経つまでは諸々の契約が出来ないのだ。廣末氏の著作の主人公である中本氏(52)も、ヤクザから足を洗って5年が経過していないため、銀行口座を持っていない。
「以前は手提げ金庫にお金を保管し、それをカバンに入れて持ち歩いていました。今は何個かの財布を使い分けています。日々の支払いやお釣りのために、常に現金を持っておかなければいけないですからね。うどんの材料費も現金で払っていて、光熱費や水道代はコンビニで支払っています」(中本氏)
不動産屋を介した賃貸契約も出来ないため、
「お店の物件はビルのオーナーに直接お願いして借りさせて頂いています。直接契約してくれる人を探すのは苦労しましたね。それ以外で大変なのは、保険契約が出来ないので、飲食店なのに火災保険に入れていないことです」(同)
犯罪のアングラ化
先の溝口氏が指摘する。
「暴力団を抜けても、5年は暴排条例に縛られるので、辞めてもまともな仕事に就くことが難しく、更生の妨げになっている。本来、暴排条例は暴力団の活動を制限することが目的のはずです。にもかかわらず、暴排条例のせいで、辞めた後に生きていくことが難しくなっており、矛盾していると言わざるを得ません」
暴力団対策法では、暴力団の存在を否定せず、法的に認めている。一方、
「暴排条例や条項は生活権を含む暴力団員の基本的人権を侵害しており、実質的に暴力団員の存在を認めていません。海外では、犯罪組織集団の結成、運営自体が違法です」(同)
では、暴排条例などを厳密に適用する流れがこのまま加速すると、何が起こるのか。それは治安の悪化だ。
「公共の安全を考えた時、果たして良い方向に向かっているのか疑問です」
と、溝口氏は言う。
「このままだと暴力団の規模が縮小していくのは間違いなく、そこだけ切り取ると良いことのように見えるかもしれません。しかし、一方で半グレと言われる組織犯罪勢力は、近年、勢いを増している。ここ数年の犯罪件数を調べると、オレオレ詐欺などの詐欺が増えて、恐喝が減っています。詐欺は半グレの中心的な収益源。恐喝はヤクザの三大シノギ(覚醒剤、賭博、恐喝)の一つです」
先の山之内氏も、
「古今東西、薬物、売春、賭博、用心棒の需要はあり、そこに必ず犯罪組織が必要とされます」
として、こう語る。
「ヤクザが衰退すれば、諸外国と同じように日本でも犯罪がアングラ化します。大阪のミナミでは、ここ数年ヤクザに力がなく、半グレがその役割を担っています。統制のとれない犯罪組織ばかりになると、最も手っ取り早い商売である薬物に流れる人間が多くなるのは確実。そうなると、これまで薬物の蔓延度が低かった日本も変わってくるはず。ちなみにメキシコでは、麻薬に関係する死者が毎年1万人以上も出ています」
暴力団“締め付け過ぎ”の先に横たわる恐ろしい未来。薬物中毒者が巷に溢れれば、無辜の一般人や子供が犯罪に巻き込まれる確率が上がるのは自明である。